ハミ
(どのみち宿に行くのだから、目的地で合流した方が早いわね)
語り部
『夢喰姫は道行く人に宿屋の場所を尋ね先に向かうことにしました。
教えてもらった道順を頼りに歩くと、ほどなくして宿屋の看板が目につきます。
外で待つのもどうかと思った夢喰姫は、中へ入って事情を説明することにしました。
けれど、扉を開けるとむせかえるアルコールの匂いがその場に充満しているようで、夢喰姫は手で口元を抑えます。
どうやらこの宿屋の一階は酒場になっているようでした』
ハミ
「っ……!!」
語り部
『カウンターの一席には、見知った人物が腰かけていました。
それは、この宝石探しを始める事となったすべての元凶である、あの魔法使い。
幸い彼は夢喰姫に気付いていないようなのか、知らん顔でお酒を飲んでいるようでした。この隙に、夢喰姫は外へ出ようとします』
魔法使い
「おや、入ってきたばかりだというのに、もうお帰りになるんですか、お姫様?」
ハミ
「気づいてたの……?」
魔法使い
「そこの窓から見えましたので、入る前から気付いてました」
ハミ
「なら、声を掛ければよかったじゃない」
魔法使い
「んふふ、アナタがどんな反応をするのか様子を見させていただきました」
ハミ
「魔法使いさん、性格が悪いわ」
魔法使い
「それはどうも。それより、そんな所に突っ立っていては往行の邪魔ですよぉ? こっちへ来て、一緒に飲みませんか?」
ハミ
「………私、まだお酒は飲めないわ」
魔法使い
「そうですか、残念です。ですが、隣には来てくださるのですねぇ。些か不用心すぎやしませんかぁ?」
ハミ
「此処には人が居るもの。何かあっても助けを呼べるわ」
魔法使い
「居ると言っても、誰も彼も酔っ払いばかりですよ」
ハミ
「うっ……」
魔法使い
「マ、安心して下さいな。ワタシはアナタのお母様と違って、約束は守る主義なんです。あの女のゲームに乗った時点で、アナタをその景品として頂くまでは、手荒な真似をしようだなんて思いませんから」
ハミ
「魔法使いさんって、意外といい人……?」
魔法使い
「病を治す代わりに子供の命を寄越せと言う大人が善い人間だと思うなら、そうなんじゃないですかねぇ?」
ハミ
「やっぱり悪い人だわ……」
語り部
『夢喰姫は出されたジュースを一口飲みました。魔法使いはその様子を楽しそうにじっと見つめています。
声を掛けられるでもなく、ただ視線だけを感じて、なんだか落ち着きません。
気を紛らわす為に、更に一口、もう一口とジュースに口をつけて行くうちに、気づけばグラスの底が見えていました』
ハミ
(一緒に飲まないかって誘ったくせに、どうしてなんにも話さないのかしら……。嗚呼、駄目だわ、気になることが多すぎるのに、どうして何も言ってくれないの? 私から聞いてしまっても良いことなのかしら?)
ハミ
「あの……」
魔法使い
「はい」
ハミ
「さっきからそんなに見つめて、私何か変かしら?」
魔法使い
「アナタのお顔を酒の肴にしているだけですが?」
ハミ
「な、なにそれっ! これ以上見られたら私恥ずかしさで穴が開いちゃうわ!」
魔法使い
「それは是非見てみたいものですねぇ、んふふ」
ハミ
「魔法使いさんもしかして酔ってるの?」
魔法使い
「さて、どうでしょう?」
ハミ
「うーん、どっちなのかいまいちわからないわ。……でも、もうお酒を飲むのは止した方が良いんじゃない?」
バーマン
「おう、お嬢ちゃんからももっと言ってくれよ。その人、羽振りは良いがずーっと飲んだくれて、このままじゃうちの酒が無くなっちまう」
ハミ
「い、いつから飲んでるの、魔法使いさん……」
魔法使い
「ここの貯蔵が時化てるだけですよ。ワタシはさして飲んでません」
バーマン
「朝一番から飲み続けて何言ってんだ。上に部屋用意してやったから、さっさと行ってくれ」
ハミ
「行きましょ、魔法使いさん。それだけ飲んでたなら休んだ方が良いわ」
魔法使い
「やれやれ、仕様がないですねぇ」
語り部
『カウンターへコインを置くと魔法使いは渋々立ち上がりました。その手を夢喰姫が引き、二人は階段を上がり部屋へ向かいます』
ハミ
「どうしてずっと飲んでいたの?」
魔法使い
「周りの話を聞いていたんです」
ハミ
「?」
魔法使い
「ああした場所は口が軽くなりますから。噂話は酒の肴にもなるので、情報を集める時に酒場に居座るのはよくある事です」
ハミ
「収穫は在ったの?」
魔法使い
「さあ? どうだと思います?」
ハミ
「朝一番からずーっと居たってことは、きっとあんまりなかったのね」
魔法使い
「んふふふふ、そうですか」
ハミ
「答えは教えてくれないのね……。あ、此処みたい」
語り部
『夢喰姫が部屋の前で立ち止まり扉に手を掛けると、魔法使いが後ろから抱きかかえ、なだれ込むように部屋へと入ってしまいます。
何が起こったのか理解できない内に、夢喰姫はベッドへと押し倒されていました』
魔法使い
「アナタのお母様は、悪い人について行ってはいけないと教えてくれなかったのですか?」
ハミ
「魔法使いさんは、約束は守るって言ってたもの……」
魔法使い
「その言葉を信じたのですか? お馬鹿さんですねぇ」
ハミ
「……私を、どうする心算?」
魔法使い
「んーふふ、アナタはどういうコトをされると想像しましたか?」
ハミ
「――……何もしないわ。あなたはきっと何もしない。私は、魔法使いさんは約束を守ってくれるって信じてるから」
魔法使い
「何故そう思うのです? 現に今、ワタシはアナタを危機的状況へ追い込んでいるじゃありませんか?」
ハミ
「だって魔法使いさん、お母さんとの約束を守って、私が成長するのを待っててくれたじゃない。守る心算が無かったら、もっと早くに私を攫っていたはずよ」
魔法使い
「……………………………」
語り部
『怯えもせず、じっと見つめ返されたことがつまらなかったのか、魔法使いは長い沈黙の末に夢喰姫を解放しました。そして備え付けの椅子を引き腰かけます』
魔法使い
「泣いて嫌がるかと思ったんですけどねぇ。興ざめです」
ハミ
「つまらない女でごめんなさいね」
魔法使い
「全くですよ」
ハミ
「そうだわ、ずっと思っていたのだけれど、魔法使いさんはどうして私を欲しがるの? 私なんて貰っても、あなたにとってはつまらないでしょ?」
魔法使い
「単なる当てつけです。それ以上でも以下でもない」
ハミ
「当てつけ?」
魔法使い
「あの女の嫌がる顔が見たかっただけです」
ハミ
「お母さんの事、嫌いなの?」
魔法使い
「好悪の念は在りませんよ、ただ他人の嫌がる顔を見るのが好きなだけです」
ハミ
「それだけの理由で、私の事が欲しいのね……。でもそれじゃあ、魔法使いさんはもし私を手に入れたら、私をどうする心算なの?」
魔法使い
「言ったでしょう? 他人の嫌がる顔が好きだと。あの女の顔は見飽きてきましたし、今度はアナタで遊ぼうかと…ふふふ」
ハミ
「悪い人だわ……」
魔法使い
「善悪で諮るなら、間違いなく悪でしょうねぇ。しかし、アナタはいずれワタシのモノとなり、ワタシの玩具になるというのに、全く動じないのですねぇ。少しは怯えてみたら如何です?」
ハミ
「まだあなたに攫われるって決まった訳じゃないわ。それに、あなたの事知れば知るほどちっとも怖くなくなってくのだもの」
魔法使い
「なんですかその非常に不愉快な見解は」
ハミ
「善いか悪いかで言えば確かに悪い人だけど、好きか嫌いかで言えば、私はあなたの事をどうにも嫌いにはなれないの。どうしてかしらね?」
魔法使い
「アナタ自身が分からないことがワタシに解る訳が無いでしょう……」
ハミ
「うーん。やっぱりあなたが命の恩人だからかしら」
魔法使い
「憶えてもいなかった事じゃないですか」
ハミ
「そうね。そんなに大変だったなんてことは憶えてないけど、本当はちょっとだけ憶えてることがあるの。熱で苦しい時に誰かがずっと手を握っててくれたこと、お母さんの手じゃないから、亡くなったお父さんだと思ってたけど……。これって魔法使いさんだったんじゃない?」
魔法使い
「…………さあてね、そんな細かいことは忘れてしまいましたねぇ。さ、ワタシはそろそろ寝たいと思いますので、さっさとベッドを退いて部屋を出てってくださいな、お姫様」
ハミ
「連れ込んだのはあなたじゃない……。ふふっ、でも、あなたと少しお話出来て良かったわ、おやすみなさい」
語り部
『そう言い残し、夢喰姫は部屋を出ました。
階段を下りて宿屋の入口へ向かうと、其処には街を一回り探してから宿屋へやってきた私がいます。
その姿を見て、夢喰姫は逸れていたことを思い出し慌てて駆け寄りました』
ハミ
「旅人さん!!」
旅人
「嗚呼、先に来ていたのですね。何事も無くて安心しました」
ハミ
「心配かけてごめんなさい……。此処で待っていれば合流できると思ったの」
旅人
「私こそ、目を離してしまいすみませんでした。この街は入り組んでますので、道に迷ってお一人不安になっていないかと気が気じゃなく……けれど、お一人で宿屋に来れたのですね、意外と一人旅にも向いているのかもしれませんね」
ハミ
「偶然よ。声を掛けた人たちがいい人達だったから来れたの。悪い人だったら、変な所に連れ込まれてたはずだわ」
ハミ
(さっき見たいに……)
旅人
「? 何か嬉しいことでも御座いましたか?」
ハミ
「えへへ、それは部屋でゆっくり話すわ!」
語り部
『そういって、夢喰姫は部屋を取ると、私と共に今夜の寝床へと向かいました。
寝物語に、魔法使いと夢喰姫のお話を私が聴かされることになるのは、言うまでも御座いませんね』
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