語り部
『――ある所に、美しく聡明で心優しい女王様が治める小さな国がありました。
 女王様には夢喰姫という娘が一人。彼女はハミ姫と呼ばれ皆から愛されて育ちました。
 今日はそんなお姫様の15歳のお誕生日です。
 かく言う私も、そのパーティーにお邪魔させていただくことになりました』

旅人
「ご紹介が遅れました、私は旅の語り部。御伽噺がお好きだと伺いましたので、夢喰姫の為に一つ、誰の記憶からも忘れられた、この地に纏わるお話をさせていただきましょう」
ハミ
「まあ! どんなお話かしら? とっても楽しみだわ!」

語り部
『それは、この国のどこかに眠る美しい宝石のお話でした。
 宝石は美しいだけでなく、持ち主の望みを叶えてくれる不思議な力を持っています。人々はそれを求めて争い、血を見るまでになりました。
 次第に、争うことに疲れてしまった人々は、暗い穴の中へその宝石を隠しました。
 以来、人々は宝石を求める事はなくなり、この国は穏やかで平和な国へと変わったのでした』

旅人
「今もその宝石は、この国の平和の影に眠っているのでしょう」
ハミ
「はじめて聞いたわ」
旅人
「誰もが忘れてしまったお話ですから、無理も御座いません」
ハミ
「旅人さんは何処でそのお話を聞いたの?」
旅人
「ふふ、それは秘密で御座います」
女王
「娘の為に面白いお話をありがとう。パーティーはまだまだ続くので、心置きなく楽しんでいってちょうだいね」
旅人
「お楽しみ頂けたようで何よりです。お言葉に甘えさせていただきます」

語り部
『私は恭しくお辞儀をしてから下がり、来客の集う部屋の端へと移動しました。
 それから暫く、夢喰姫の為の祝いの演奏や芸の披露が続き、楽しい時間は矢の如く過ぎ去ります。
 来客からのお祝いが一通り終わると、女王様が席を立ちました。
 此処に居る誰もが、集った者達への感謝を述べるのだと思っておりましたが、女王様は侍女へ目配せをすると真剣な面持ちで口を開きます』

女王
「ここに集まった皆さんには、見届をお願いしようと思います」
ハミ
「お母さん? どうしたの?」
女王
「ハミ……今からあなたに、婚約者を決めてもらうわ!」
ハミ
「えぇ!?」
女王
「あなたももう15になるのだもの、相手を決めて、明日から花嫁修業を始める心算よ」
ハミ
「そ、そんな! 勝手に決めないで、お母さん! 相手だっていないのに……」
女王
「心配いらないわ。相手なら私が連れて来たから」

語り部
『誰もが女王様の言葉にどよめく中、侍女が部屋のドアを開け、二人の青年を部屋へ招き入れます。
 片や、鋭い青の瞳と長く艶のある黒髪が特徴的な隣国の末弟王子様、メイ。
 片や、美しい金糸とお人形のように整った顔立ちが愛らしい遠い異国の王子様、マク』

メイ
「や、あの、ちょっといいですか女王陛下。オレ、そういう理由で呼ばれたんですか? 初耳なんですけど?」
女王
「大丈夫よ、あなたのご家族には許可をもらってあるから!」
ハミ
「メイ!? と、ええっと、あなたは?」

語り部
『夢喰姫とメイ王子は隣国のよしみで昔から仲良くしていた幼馴染でした。
 見知った顔に驚きながら、もう一人やってきたマク王子をまじまじと見つめます。
 夢喰姫の問いに、マク王子はほんの一瞬驚きましたが、直ぐににっこり笑顔を浮かべました』

マク
「僕は西の森と山を超えた先にある国からやってきました、マクと申します。あなたの遠縁に当たります」
女王
「ハミが小さい頃に一度会ったことがあると思うけど、流石に憶えてなくてもしょうがないわね」
ハミ
「そうなの? ええと、よろしくね。マク王子」
マク
「……! はい、よろしくお願いします!」
女王
「という訳で、ハミ。メイくんとマクくん、好きな方を選んでちょうだい!」
ハミ
「うっ……。お母さん、今までそんな事一度も言わなかったのに急にどうしたの?」
女王
「私はハミが心配なの……。夢見がちなのはいいけれど、夢ばかり思いを馳せて、変な人に捕まったりしないかって……」
メイ
「娘さんが心配な気持ちは汲みますけど、ちょっと強引すぎやしませんか」
ハミ
「そうよ。それに、選ぶにしたって……メイは幼馴染で、そんな事一度も考えた事なんてないし……」
メイ
「…………」
ハミ
「マク王子は会ったばかりでどんな人かも良く分からないのに……」
マク
「…………」
女王
「ハミからしたらそうかもしれないわね……。でも二人は私があなたの事を思って選んだ素敵な男の子。必ずあなたを幸せにしてくれるわ」
ハミ
「そういわれても……」

語り部
『来客達も、まさかこんなことになるとは思いもよらず、この場がなんとも言えない静寂に包まれました。
 それはとても長い時間のように感じましたが、突然、扉を蹴破る大きな音により自体は急変することとなります。
 誰もが驚き扉へ目をやると、ローブを纏った怪し気な人影が一つ、佇んでいます。
 彼は、この場の視線が全て自分へ降り注いでいる事に気付きながら、カツンカツンとヒールを鳴らして女王様の前に立ちました』

女王
「あなたは……!!」
???
「お久しぶりで御座います。憶えておいでなようで安心しました。んふふふ」
女王
「あなたに娘は渡さないわ!」

語り部
『女王様は夢喰姫を守るように、ローブの男との間に立ちます。その様子に男は愉快そうに眼を細めます。
 彼は国境に住む人嫌いで変わり者の魔法使いでした。彼を知る人は少ないですが、その噂は有名で、来客達はひそひそと話し始め、場が騒めきます』

魔法使い
「ワタシとの約束を破るおつもりですかぁ、女王様?」
ハミ
「ちょっと待ってお母さん、この人は誰なの? 私を渡さないとか、約束とか、どういう事?」
魔法使い
「おやおやぁ、大切なお姫様には何一つ話していないのですねぇ? ふふ、ふははは! ワタシが教えてあげましょう!」

語り部
『魔法使いの口から語られたのは、12年前この国を襲った悲劇のお話。
 流行り病で、女王様は夫である王様を亡くし、その悲しみもぬぐい切れぬ儘に、娘である夢喰姫も病で失いかけました。
 その時、女王様は夢喰姫の病を治す為に、国境に住む変わり者の魔法使いを頼ったのです。
 魔法使いは女王様の願い通り、夢喰姫の命を救いました。そのお礼に女王様はこう言ってしまったのです。
 「お礼なら何でもする」と。
 魔法使いは喜々として「ならばこの娘を貰う」と言いましたが、そればかりは女王様も黙っていられません。
 別の物を提案してみましたが、魔法使いは頑なに、夢喰姫を望みます。
 終いには「娘をくれないのならば、病を国中で蔓延させる」と脅し、女王様は渋々、夢喰姫を渡すことを約束してしまったのです』

女王
「でも、直ぐに渡すなんてできなかった……だから、ハミが成人するまでは待ってもらうことになっていたわ……」
魔法使い
「悪足掻きを見るのは愉快なので許容していましたが、今回は別です。婚約なんてこのワタシが認める訳ないでしょう?」
女王
「なにも言ってこないから、忘れたのだと思っていたわ……」
魔法使い
「その隙に別の誰かに娘を託そうとしたんでしょうが、残念ながらあれから12年1度たりとも忘れたことは御座いませんよぉ、んふふ」
ハミ
「……えっと、それじゃあ、私は事実上、魔法使いさんと婚約してたって事? でもお母さんはそれを認めたくないから、別の婚約者を用意したの?」
メイ
「話だけ聞いてるとそんな感じだな……」
魔法使い
「アナタがワタシとの約束を破るというなら、ワタシも約束を守る必要は御座いませんよねぇ? 今、お姫様を連れ去っても文句は無いでしょう?」
ハミ
「きゃっ」
女王
「ハミっ!」
マク
「ハミ姫っ!」

語り部
『魔法使いが夢喰姫の手を掴み引っ張ります。するとすかさず、マク王子が間に割って入り、その背中に夢喰姫を隠しました』

ハミ
「ありがとう、マク王子」
マク
「いいえ、貴女を守ることが出来て良かった」
魔法使い
「気に食わないですねぇ……ワタシはくれると言ったモノを貰いに来ただけだというのに」
ハミ
「私、誰のものでもないわ」
魔法使い
「今はそうでも、いずれワタシのモノになるんですよ」
マク
「ハミ姫を物のように扱う貴方に、彼女は渡しません」
メイ
「というか、婚約にせよ連れていくにせよ、本人の気持ちを置いてけぼりに決めて良いことじゃないのは確かだ」
ハミ
「メイ…!」
メイ
「オレだって、婚約とか急に言われて参ってるのに、ハミはそれに加えて12年前の約束だなんだって……少しはこいつの気持ちも考えてやれよ」
魔法使い
「どのみちワタシのモノに成ることに変わりがないのですから、心の準備など不要で御座いましょう?」
ハミ
「私は、まだ婚約なんて考えられないし、今直ぐ魔法使いさんについていく心算もないわ……」
女王
「ハミ……」

語り部
『そして、再び沈黙がこの場を支配しました。来客達の間でも、緊張が走ります。呼吸の音さえも慎む中で、私がケーキを頬張っていると、ようやく女王様がこう問いかけました』

女王
「そちらの旅人さん」
旅人
「ふぁい? んっ……ごくん。失礼しました、何でしょうか?」
女王
「あなたがハミへ聞かせてくれたあのお話は、真かしら?」

語り部
『美しい女王様に見つめられ、数刻前の物語へ思いを馳せます。この国に眠る不思議な宝石の物語。女王様は、何を想って問うたのでしょう』

旅人
「全て真でございます」

語り部
『女王様は短くお礼を言ってくださいました』

女王
「決めたわ」
ハミ
「な、何…?」
女王
「旅人さんが言っていた御伽噺の宝石を、見事見つけて献上した者に、ハミを嫁がせるわ!!」
ハミ
「嫁がせるって!? 婚約を飛ばしていきなり結婚なんて無理無理無理!! 考え直してお母さん!!」
女王
「私の意思は固いわ。それに、誰もが忘れてしまった御伽噺の魔法の宝石、そんな大層なものを持ってきた人になら、ハミを安心して任せられるもの」
魔法使い
「往生際が悪いですねぇ、女王様ぁ? 約束を反故にするというのであれば、ワタシは今すぐにでもお姫様を貰って行きますよ?」
女王
「なあに、魔法使いさん? あなたもしかして、自分じゃ見つけられないかもしれないからって挑戦しない心算なの?」
魔法使い
「っ……!! くく、ふふふ、ふはははは! 莫迦なことを仰らないでいただきたいですねぇ!! ワタシにかかれば石ころ一つ見つけるなど造作もない事ですよぉ!!」
女王
「なら良いじゃない。それに、この試練を乗り越えればハミだってその雄姿を湛えて自分から一緒に行きたくなるかもしれないでしょ」
ハミ
「そんな事ないからー!!」
魔法使い
「いいでしょう。アナタ方に挑戦から逃げたと思われるのも癪ですので、その悪足掻きに乗ってさしあげましょう!! どうせ結果は目に見えていますがねぇ〜! あはははは!!」

語り部
『吐き捨てると、魔法使いは高笑いと共にその場を後にします。女王様の決断に、未だ呆然としたままのメイ王子とマク王子。メイ王子は恐る恐る尋ねます』

メイ
「宝石探しって、あいつを追っ払うための方便ですよね」
女王
「私は何時だって本気よ」
メイ
「……ですよね」
マク
「女王陛下の決断が本当なら僕達も早く行かなければ、あの人に先を越されてしまいます」
メイ
「お前は乗り気なんだな」
マク
「僕は貴方と違って、婚約を望んで此処に来ましたから」
メイ
「っ……」
マク
「それでは、僕はお先に行かせていただきます」

語り部
『マク王子は去り際に、夢喰姫の手を取りました』

マク
「僕は貴女を必ず幸せにします。だから、待っていて下さい」
ハミ
「マク王子……」
ハミ
(嗚呼、どうしましょう、こういう時なんて返したらいいのかしら。でも、信じて待ってるって言えるほど、私はマク王子の事を知らないわ……)

語り部
『結局返事も出来ぬまま、繋がった手は離されて、マク王子もまたその場を後にします。残されたメイ王子も戸惑いがちではありましたが、女王様と夢喰姫に向かいました』

メイ
「やっぱり、オレはこんな方法で決めるのは間違ってると思います」
女王
「……そうね、メイくんの意見はきっと正しいわ」
メイ
「だからこれは、オレがハミと一緒になりたいからするわけじゃないってことを分かってもらいたいです」
ハミ
「メイ?」
メイ
「ハミ、オレも行くよ。お前が本当に一緒に居たい人を自分から選べるようにする為にさ」
ハミ
「そんな、私の為にメイが行く必要なんてないじゃない」
メイ
「オレがそうしたいんだ。それにその、婚約とかは抜きにして、大事な幼馴染なことには変わりないしさ……」

語り部
『こうして、メイ王子も女王様と夢喰姫に見送られて、お城を後にしました。
 夢喰姫は今日の出来事が夢だったのではないかと、お部屋に戻って考えます。考える程に、自分に対してのもやもやが募っていくようでした。
 女王様は、「この間に心を決めなさい」と夢喰姫に言いましたが、とても受け止めきれません』

ハミ
「そうだわ! いい案を思い付いた!」

語り部
『夢喰姫が思い付いたのは、宝石を探しに行った3人よりも先に、自分が宝石を見つけてしまうという事。
 自らの命運を人任せにするのではなく、自分で飛び出すことを決意したのでした。
 思い立ったが吉日、夢喰姫はこっそりお城を抜け出します。
 幼い頃からメイ王子と二人、こうして城下へ遊びに行っていたことがあったので、馴れたものです。
 しかし、こんな夜中に外へ出るのは始めてなこと、碌な準備もせずに飛び出してしまったので、夢喰姫はどうして良いか分からず途方に暮れておりました』

旅人
「こんな所で浮かない顔をして、どうかなさいましたか?」
ハミ
「旅人さん……! 私、他の3人よりも先に宝石を見つけようと思って飛び出してきちゃったの……でも、どうすればいいか分からなくて……」
旅人
「成程、そうだったのですか」
ハミ
「宝石の場所も分からないし、どうしましょう……」
旅人
「もしよろしければ、私が宝石の在り処までお連れしましょうか?」
ハミ
「宝石の在り処って…! 旅人さん、場所知ってるの!?」
旅人
「ええ。実を言うと、あの話を教えてくれたのはその宝石に封じられた魔人自身なんです」
ハミ
「魔人?」
旅人
「望みを叶えるのは、宝石ではなくその魔人の方なのですよ」
ハミ
「へぇ……。その、旅人さん」
旅人
「はい」
ハミ
「お話は有難いけど、やっぱりこれは私が自分でやらなきゃいけないことだから……ごめんなさい」
旅人
「お気になさらなくていいんですよ。ほんの少し、私の話であなた方を焚きつけてしまった負い目も感じているんです。そのお詫びですから」
ハミ
「でも、付き合わせちゃうのはなんだか悪いわ」
旅人
「もとより行き先の無い旅をしています。これもまた旅の楽しみですから」
ハミ
「それじゃあ、お言葉に甘えちゃおうかしら……」

語り部
『こうして、夜の城下で私と再会した夢喰姫は、私の案内のもと、宝石を探す冒険を始める事となるのでした』


■次のページ

copyright(C)Arle 2017-2019  all rights reserved.